ココ・アヴァン・シャネル

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昨日、フランスのテレビ局「フランス2」で、放送されていた映画「ココ・アヴァン・シャネル」を観ました。

何年か前に劇場公開されていて、観に行きたいなと思いながら、忙しくて足を運べなかったので、日曜日のゴールデンタイム、テレビの前に陣取って、ワインとピーナッツなどを用意して、ひとり映画館を楽しみました。

我が家の男性陣は、ココ・シャネルには興味がないようで、それぞれ、パソコンで好きなことをしていました。

日本でも、公開していたと思うので、もう観た人もたくさんいると思いますが、ココ役のオドレイ・トトゥがいい味を出しています。

他の出演女優が、古めかしいドレスを着ているのにたいし、男物のスーツやワイシャツから作り替えたマニッシュな装いをしているオドレイがとてもキュートで可愛い。


離れたところでパソコンで遊んでいた息子も、時々、見に来て、「あれ~、アメリじゃん。こんな映画にも出てたんだ~。」と彼にとってのオドレイは、アメリのイメージがとても強いようです。


そういえば、しばらくぶりに「アメリ」をまた観たくなりました。

特にこのシーン、大好きです。
    バッド(下向き矢印)
アメリの好きなこと(Les petits plaisirs d'Amelie)



ココ・アヴァン・シャネル 特別版 [DVD]



内容紹介

シャネルの成功の秘密、解禁。
もし翼を持たずに生まれてきたのなら、翼を生やすためにどんなことでもしなさい

田舎のナイトクラブからパリへ、そして世界へ──
コネクションも財産も教育もない孤児院育ちの少女が、
世界のシャネルになるまでの物語。
その小さな少女は、フランスの田舎にある孤児院に姉と一緒に入れられて、
毎週日曜、決して来ることのない父親の迎えをひたすら待ち続けた。
ナイトクラブの歌手になり、酔った兵士を相手にか細い声で歌い――
つつましいお針子として、田舎の仕立屋の奥でスカートのすそを縫う日々。
この小柄な若い愛人にエティエンヌ・バルサンが与えたのは、
退屈で退廃的な暮らしと安全な隠れ家。
恋に落ちた彼女。その想いに報いてくれたボーイ・カペルとの結婚さえかなわず、
自分が生涯、誰の妻にもならないことを知っていた。
反骨精神の持ち主。自分が生きる時代のしきたりを息苦しく感じた
彼女が身にまとってみせたのは、男性たちの服。
これは、ココ・シャネルの物語である。固い意志を秘めた孤児だった彼女は、並みの人間には想像できないような体験を重ねながら、やがて伝説のファッション・デザイナーとなる。その姿はまさに現代女性そのものであり、成功、自由、そしてスタイルの、時代を超えた象徴であった。
(以上、アマゾン・ジャパンの紹介文より)



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フランスで思春期を迎えたら

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前回の記事→日本人の母親を恥と思う気持ちの補足です。


フランスには、たくさんの日仏カップルが暮らしていて、たくさんの日仏ミックスの子供たちもいます。

その子たちが、みんな、前回の記事の男の子のように、自分が100パーセントフランス人ではないことに違和感をおぼえているということではないと思います。

反対に、ママの故郷の日本が大好きで、自分の好きな日本の食べ物やカルチャー(アニメやゲーム、小さい女の子ならキティちゃんとか。。。)を自信を持って、お友達に紹介したり、自慢したりしている子もたくさんいます。

うちの息子も、このタイプで、小学校の時は、ポケモンが大流行りだったのですが、フランス人の子供たちの多くは、なぜかポケモンをメイド・イン・フランスと思い込んでいて、「これは、フランスのアニメだよん!」と言われて、愛国心が強い故に、悔しくて泣いていたことがあります。

そんな感じで、小さい頃からいろいろあるにはあるのですが、小学校高学年あたりまでは、みんな子供なのでたいしたトラブルもなく、全体的に和気あいあいと過ごせていたように思えます。


しかし、学年が上がるにつれ、特に思春期の入口、コレージュに上がる年齢になってくると、同じような趣味・志向の仲間たちがグループを作り始め、着ている服や履いているスニーカーのブランド、全体の着こなし、そして普段聴いている音楽の趣味などが、同じような感覚の子たちが集まるようになります。

(この傾向は、日本の中学校でも同じだと思うのですが、日本は制服があるのでまた違うのかもしれませんね。)


また、家庭環境も重要になってきます。

フランスは、バカンスがとても長いので、しかも、その間、日本のように学校のクラブ活動やプール開き、ラジオ体操などのアクティビティがあるわけではないので、全て親がオーガナイズすることになります。

そこで、大切になってくるのが子供(親)の友人関係なのです。

たとえば、7月前半の2週間は、我が家の別荘におたくのお子さんも連れて行くから、後半はそちらのおばあちゃんちにうちの子も連れて行ってくれないかしら。。。

という風に、長い休みを乗り切るために、親同士で相談して、子供を預け合ったりします。


これが、日本人家庭だったりすると、フランスに別荘なんてないし、おばあちゃんちまでよその子を招待するには、費用がかかり過ぎたりします。


そんな風に、フランス人家庭の子供は、家族ぐるみで、どんどん仲良くなって、学校でも、同じファッション、同じ趣向のグループができて、その中に入れない子供は、なんとなく孤立化していく傾向にあるように思えます。


ここまで書いて、思ったのですが、この傾向は、フランス全体というわけではなく、パリ、およびパリ近郊のブルジョア地域といわれている場所特有のものといえるかもしれません。

私は、パリ以外の都市に住んだことがないので、田舎の事情はわからないのですが。。。またパリの中でも、移民の多いといわれる地域では、また事情は違ってくるのかもしれません。


とまたまた、前置きが長くなってしまいましたが、前回の記事の男の子の場合、お父さんがエリートで、バカンスにはお友達とパパの持っている別荘で過ごし、もちろん、そのお友達の家庭からも別荘に招待されて。。。という風に、全くのフランス人の子供として育ってきました。

また、同じような日仏ハーフの子供たちと出会える日本語補習校には通っていませんでした。

なので、彼にとっての世界は、主にフランスだけであり、日本人として注目されてあれこれ質問されるのもいやになってきたのだと思います。

お友達もフランス人だけ、彼女もフランス人で、日本との接点がお母さんだけになってしまっているようです。

ただ、ここで重要なことは、それで、彼はとても幸せだということです。

そんな風にどっぷりとフランス人社会の中で育ってきたので、日本とのカルチャーギャップに悩まされることもありません。

フランス語の成績(フランス語だけでなく全ての教科)も良く、家庭で2ヶ国語で育ったというハンデは全くありません。


日本人の親としては、海外にいても、できるだけ日本の文化に触れされてあげたい、日本語をある程度までは使えるように応援したいと、子供を思う故に、ついがんばってしまいますが、2つの国、文化をメンタル面で行き来するのは、大人が思っているよりも子供にとって負担である場合もあるということを考慮にいれて、特に思春期以降は本人の意思・希望を尊重して見守っていくしかないのかなと思います。


前回の記事では、「日本人の母親を恥と思う気持ち」というちょっとセンセーショナルなタイトルをつけてしまいましたが、実際は、思春期特有の照れもあり、自分の家だけちょっと違うっていうのが、一時的に恥ずかしくて感じてしまう時期なのだと思います。


私の息子も、パリのメトロで、私が日本語で話しかけると、なぜか恥ずかしいようで、他人のふりをするので、フランス語で話しかけてみると、「よけい格好悪いからやめてくれ。」と冷たく言ってわざとちょっと離れた席に座ったりしてます。(泣)


でも、家の中では、よく自分のしたい話はよくするし、いまだに私の後をついて歩いてベラベラしゃべっていたりします。人目が気になる年頃なんでしょうね。


そんな感じですので、ミックスのお子さんを持つお母さんたちは、あまり心配なさらないでくださいね。日本に住んでいて、日本人の子供を育てていても、ティーンエイジャーの気持ちは移ろいやすく、親ははらはらドキドキのようですよ。


Petits enfants, petits soucis, grands enfants, grands soucis.
(子供が小さい時は、小さい心配、大きくなったら大きな心配。)

といいますが、これは、世界共通のようです。





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日本人の母親を恥と思う気持ち

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今回は、少しデリケートなお話を。


日仏ハーフの男の子、素直な良い子で、小学校の頃から成績優秀。

性格も穏やかで、友達も多い、典型的な優等生タイプ。

お母さんは日本人で、フランス語堪能。

発音も、日本人の私からすると完璧に聞こえる。



でも。。。。




その子は、小学校の高学年あたりから、日本人のお母さんを、フランス語をしゃべれない人とみなして、学校での出来事など、フランス人のお父さんにしか話さなくなったそうです。



実際には、そのお母さんのフランス語力はかなりのもので、フランスの会社でばりばり仕事ができるくらいでもあります。




フランスで生まれたその子は、当然、自宅にいるとき以外は、フランス人の中で暮らしています。

ここで、いろんな国籍の子供たちが集まっている、英語で教育を受けるインターナショナルスクールや、フランス語と英語を半々(正確には半々ではないが。)で授業を受けるバイリンガルスクールなどに通っていると、また話は違ってくるのでしょうが、フランスの現地校、しかも、移民の少ないちょっと(かなり)スノッブな地域の現地校に幼稚園から通い続けた場合、フランス人以外の親を持つ子供のパーセンテージはかなり低くなります。


いても、イタリア人のママだったり、イギリス人のパパだったり、外見的にはその他大勢のフランス人の子供たちと同じに見えるので、フランス語さえ堪能ならば、特に注目されることもありません。



アジア人の血が入っていると、フランス人から見たら確実に中国人に見えるので、特に小学生の頃は、日本も中国もひとくくりになっている子供たちが多いということもあり、顔を合わすたびに目をつりあげる仕草をしたり、「シントック」(←中国人に対する蔑称)と言われたりすることは日常茶飯事です。


(我が子も、小学校時代は、よく言われていました。
本人は、最初、意味がわからず、言っているフランス人の子供もいじわるのつもりがなくても、みんなが言っているから言ってみたいという場合もあると思うので、さほど気にせず過ごしていた記憶があります。)


ただ、こういった傾向は、地域によってかなり違うと思います。中国人が多く住んでいるチャイナ・タウンなどの公立小学校なら、アジア人がいっぱいで、誰もそんないじわるをしないだろうし、19区で小学校を過ごした友人の娘さんは、「クラスは、ほとんど黒人とアラブ人で、フランス人のほうが少なかった、差別されたことはなかったよ。」と言っています。




前置きが長くなってしまいましたが、先にあげた日仏ハーフの男の子。

幼稚園から高校まで、ずっとスノッブな地域の有名校(一貫校ではないので、節目、節目に学校は変わっています。)に通っているのですが、小さい頃から日本人だということで注目されることが多かったためか、日本人と思われるがすごくいやになってしまったそうです。


そして、お母さんが日本人であることを隠したいと思うまでになっているそうです。




彼の場合、小さい頃からアジア人として注目されがちだったので、他のみんなと同化したいという気持ちが強くなり、思春期になって、小学校のときからなんとなく感じていた、なんで、自分はみんなと違うんだろうという悩みが表にでてきたのだと思います。


この時期(思春期の始まるコレージュ入学時あたり)に、国際セクションやアジアセクションのある学校に移った場合、まわりにも、自分と同じようなハーフの子供が少なからず存在し、インターナショナルスクールだとあらゆる肌の色も子供たちが混合し、アジア系、アラブ系、黒人の子たちがいるので、自分が日本人であることを自然に受け止めることができるのだろうけれど、小学校から中学校、そして高校までずっとフランス人だけの現地校で過ごした場合、自分だけがみんなと違うというのを、自然に受け止めるのが難しくなるのかもしれません。






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コレットのシェリ

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何年か前に、フランスの映画館で、「Chéri」という映画を観た。

ミシェル・ファイファー主演の美しい映画だ。




そう、原作は、コレット。

もうずっと昔、まだ20歳そこそこの、仏文科の学生だった私は、「Chéri」という甘いタイトルに魅かれて、翻訳本をむさぼるように読んだものだ。

でも、実際のところ、もうすぐ50歳になるというレアの気持ちも、その後、続編で、30歳になったシェリが、60歳になろうとしているレアにまた会いたいと思う気持ちも、何もわかっていなかった。

ただ、コレット独特の世界をわかったような気持ちになって、大人ぶっていただけだったのだと思う。

工藤庸子さんの訳は、素晴らしく上品で、原書のくどさがやわらいで、また違った魅力がある。

たとえ20歳のときに、原作を読めたとしても、その濃い世界に素直に没頭するには、若すぎたし経験不足だったに違いない。たとえ、読み始めていたとしても、途中で投げ出していただろうと思う。


最近、立ち寄った図書館で、この「Chéri」のフランス語のオーディオブックを見つけたので、iPodにいれて聴いている。

原書を読むのには、ちょっとしたエネルギーが必要だが、オーディオブックなら、食器を洗いながら、ちょっとした用事を片付けながら、聴くことができると思ったけれど、臨場感溢れる情景描写に、そして、レアとシェリの濃密な会話にひきこまれて、ソファにへたりこんで、ヘッドホンをつけて自分の世界にひたっています。




薔薇色のレースに彩られた寝室の中,女はベッドに横たわり,姿見に映る美しい青年の姿をみつめている――.五十歳を迎えようとする元高級娼婦と,シェリ(いとしい人)と呼ばれる親子ほども年の違う若者との息詰まるような恋。ジッドが「一か所として軟弱なところ,冗漫な文章,陳腐な表現もない」と賛嘆したコレットの最高傑作。(アマゾン・ジャパンの紹介文より)

シェリ (岩波文庫)



こちらは続編。

第一次大戦後のパリ。復員したものの社会の動乱に適応できず無為な日々を送る主人公を尻目に、妻と母は営利と名誉の獲得に奔走している。どこにも自分の場所を見出すことのできない彼は、唯一の女性レアの許へと帰ろうとするが…。失われた時と永遠の愛との間をむなしく彷徨する魂を、とぎすまされた感覚でとらえた『シェリ』の続篇。(アマゾン・ジャパンの紹介文より)

シェリの最後 (岩波文庫)






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